山形地方裁判所 昭和45年(ワ)115号 判決
原告
須藤さえ外一五八名
右訴訟代理人
渡辺正雄外四名
被告
日本専売公社
右代表者
北島武雄
右訴訟代理人
高島良一外一一名
主文
被告が昭和四四年四月二六日付で原告らに対していた懲戒戒告処分は、いずれも無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告ら
主文同旨の判決。
二、被告
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第二、当事者の事実上および法律上の主張
一、請求原因
(一) 原告らは、いずれも、日本専売公社(以下公社という)山形工場に勤務する職員である。
(二) 被告は昭和四四年四月二六日(以下特に年を表示しないものは、昭和四四年を指す)付で、原告らに対し、懲戒戒告処分(以下本件処分という)に付する旨の意思表示をした。
(三) しかし、本件処分は、後記五のとおり無効であるから、その確認を求める。
二、請求原因に対する答弁
(一) 請求原因(一)(二)の事実は認。
(二) 右(一)(したがつて右一(二))の意思表示は、後記三(抗弁)及び六のとおり有効である。
三、抗弁
被告が本件処分をした理由と、その根拠法令は次のとおりである。
(一) 争議行為
原告らは、いずれも公社山形工場包装課に勤務する職員で、同工場において製造紙巻たばこの包装関係業務に従事しており、公社職員約三万八、〇〇〇名をもつて組織する全専売労働組合(以下全専売という)に加盟し、全専売仙台地方部(以下仙台地方部という)山形支部(以下山形支部という)包装分会に所属しているところ、全専売本部(以下本部という)の指令にもとづき、四月一七日午前八時の始業時刻から同一一時一〇分までの間一斉に業務に従事せず山形市農協会館における集会に参加する争議行為(以下本件争議行為という)をした。
(二) 本件争議行為にいたる経過
1 二月二五日本部は公社本社(以下本社という)に対し、一月一日以降の基本給の引き上げおよび個別基本給の是正(いわゆるベース・アップ、組合員一人平均一万一、五〇〇円の原資をもつて基本給を引き上げることなど)、年度末手当の支払い、通勤手当等各種手当の改正、時間短縮および休日休暇等の改善等三三項目の要求を提示して団体交渉を求め、これに対する回答を三月一〇日までに文書をもつてすることを求め、山形支部は公社山形工場(以下山形工場という)に対し、三月五日ベース・アップ等一二項目の要求を提示した。
2 右1の要求に関し、本社は三月一〇日本部に対し、新賃金について
(1) 組合員一人当り一万一、〇〇〇円の原資をもつて基本給表を改定すること、および高校卒の初任給を三万三、〇〇〇円とすることについては目下検討中である。
(2) 組合員一人当り五〇〇円の原資をもつて個別基本給の是正を行うことはできない。
旨文書で、他の要求項目については本社の考え方を協議の中で明らかにする旨口頭で、それぞれ回答をした。
3 三月一七日本部は三月二四日以降勤務時間内くい込み行動の指令権を各地方部に委譲すること、および三月二七日に勤務時間内職場大会を配置することをそれぞれ決定、三月一八日勤務時間内職場大会を全国の工場のほか、地方局等でも実施することを指令したので、本社は三月二〇日本部に対し、公社仙台地方局(以下仙台地方局という)は三月二五日仙台地方部に対し、山形工場は三月二四日山形支部に対し、それぞれ右のような業務阻害行為は法の禁止するところであるのみならず、組合要求について交渉中に正常なルールを無視して違法不当な行為をすることは容認できず、したがつて、かかる違法不当な行為に対しては相当な処置をとらざるをえない旨の警告をした。
4、三月二四日山形支部は山形工場内の食堂等にビラ貼りを行い同二六日には新賃金要求、職場要求等について、勤務時間内くい込み課長交渉(くい込み時間二三〜二九分、参加人員四四二名、減産、巻上一三八万九、〇〇〇本、包装一四〇万一、〇〇〇本)を行つたので、これに対し山形工場は解散を呼びかけ、警告を発した。
なお、職場要求については翌二七日山形工場、山形支部間にその処理について意見の一致をみた。
5、四月三日仙台地方部はストライキ実施についての賛否投票を実施したところ、山形支部では投票総数五三二票中賛成が四二三票であつた。
6、四月九日本部は同月一七日山形工場などを拠点としてストライキに突入できるよう準備を指令し、山形支部は同月一〇、一二の両日職場大会を開催し、同月一二日、工場の食堂、廊下、正門等に多数のビラ貼りを行い、同月一四日ストライキ宣言文を食堂等に掲示するとともに、職場大会を開催してストライキ宣言を決議したので、本社は同月一二、一四、一六日本部に対し、仙台地方局は同月一四、一六日仙台地方部に対し、山形工場は同月一四、一六日山形支部に対し、それぞれ右3と同様の警告を発し、山形工場は同月一五日職員各人宛にも同様の警告文を郵送した。
7、本部は、四月一六日ストライキ指令を発し、その結果、山形工場においては包装部門においてストライキが行われた。
(三) 本件争議行為の影響
1 包装課の業務は、巻き上げたたばこ(ハイライト、わかば)を二〇本包か詰にしたうえ、セロハンで上包みし、これを二〇個ずつボール箱につめ、ろう紙で包装し、さらにこれを二〇個ずつ段ボール箱で包装する作業のほか、巻き上げたたばこを巻上げの職場から包装の職場まで運搬する作業を含んでいるところ、包装機の回転数は一定しているので、一定時間包装の業務が停止すると、その間に失われた作業量は後に取返すことができない。
2、右(一)の業務の停止により、ハイライト四八〇万三、〇〇〇本、わかば五八八万四、〇〇〇本の包装ができず、それだけの減産になり、その損害額は、国庫納付金、消費税相当額を合計すると、約二、三七七万〇、〇〇〇円となる。
(四) 本件処分の内容とその根拠法令
1、処分内容
公社は、四月二六日原告らを、原告らが本件争議行為に参加し、職場秩序をみだしたという理由で、戒告処分にした。
2、根拠法令
(1) 日本専売公社法(以下公社法という)によつて適用される公共企業体等の労働関係法(以下公労法という)一七条に違反し、その意味で公社法二四条一項に該当する。
(2) 公社法にもとづき、就業に関し定められている日本専売公社職員就業規則(以下公社就業規則という)六八条一号に違反し、公社法二四条一項に該当する。
(五) 本件処分の有効性
右(一)ないし(四)によると、被告が原告らに対してなした本件処分は、いずれも有効である。
四 抗弁に対する答弁
(一) 抗弁(一)の事実は認
(二) 同(二)の事実は認
(三) 同(三)の事実は認
但し、その1の失われた作業量は後に取り返すことができるし、実際に取り返しており、その2の減産がそのまま損害額となるものではない。
(四) 同(四)の事実は認
(五) 同(五)は否認
五 原告らの主張(本件処分の無効理由)
(一) 公労法一七条は憲法二八条に違反する。
1 前提事項
(1) 被告は、本件争議行為の違法性を公労法一七条にもとめているところ、同法律に関連する労働関係事件につき、最高裁昭和四一年一〇月二六日大法廷判決刑集二〇巻八号九〇一頁(以下中郵判決という)と、最高裁昭和四四年四月二日大法廷判決刑集二三巻五号三〇五頁(以下都教組判決という)とがあり、
前者は、憲法二八条は同二五条の生存権保障の基本理念に立脚し、労働者に団結権、団体交渉権、争議権を保障したものであるから、これを例外的に制限する場合は、立法および法律の解釈のうえにおいて、極めて慎重に決定する必要があり、その制限が許される場合の基準として、
制限は合理性の認められる必要最小限度のものでなければならないこと、
制限は、その職務または業務の性質が公共性の強いものであり、したがつてその職務または業務の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものについて、これを避けるため必要やむをえない場合に限られること、
制限違反に伴う効果、すなわち違反者に対して課せられる不利益は、必要な限度をこえないように十分配慮すべきであること、
やむをえず制限される場合には、十分な代償措置が必要であること、の四項目をあげており、
後者は、その要点として、公労法の適用を受けない公務員労働者にも憲法二八条の争議権保障がつらぬかれることをみとめたうえ、まず、公務員をその職務の公共性にかかわらず民間労働者と基本的には同質の「労働者」であるととらえ、その争議行為の権利性、正当性を基本的に確認し、公務員の争議行為といえども本来的に不可罰であるという当然の原則を承認し、つぎに、争議行為制限の原理として、抽象的に「全体の奉仕者」概念に拠ることは許されないことを明らかにし、職務の公共性と、その争議行為が国民生活全体に与える影響の度合との関係で、その制約は必要最小限度の合理的範囲をこえてはならないとしている。
(2) 現在公労法が適用される業務をみると、そのうちには、中郵判決が指摘するように明らかに「業務の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれ」の全くないものもあるところ、これらを、他と区別することなく、一律に同法一七条にもとづき制限の対象としているのであつて、かかる制限方法は中郵判決の趣旨からみて、憲法二八条に違反するものであり、以下、この点について詳論する。
2 労働基本権の制限が許されるべき一般的場合
(1) 争議権制限の許される場合
イ 争議権は、労働者の固有不可欠の権利である。
争議権は、中郵判決も指摘するように、憲法二五条に定めるいわゆる生存権の保障を基本理念とし、勤労者に対して人間に値する生存を保障すべきものとする見地に立ち、憲法二八条の定めるところにより、経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として、その団結権、団体交渉権とともに保障しようとするものであつて、それは労働者にとつて、生存権を実現するうえでそれ以外の手段、方法のない固有、不可欠の権利であるから、その制限は加極めて慎重でなければならず、したがつて、中郵判決のいう争議権を内在的に制約する国民生活上の利益は、争議権の人権としての重要性に対応されるに足る重要なものでなければならない。
ロ 争議行為は、公衆に迷惑をもたらすことを本質的属性とする。
争議行為は、使用者に対してはもとより、第三者たる公衆に対しても多かれ少なかれ迷惑をもたらすことを本性とするものであるから、これを制限するためには「公衆の迷惑」が、一般的な程度では足らず、著しく耐え難い、すなわち受忍の限度をこえており、かつ、それが現に発生し、ないしは切迫した状況にある場合でなければならない。
ハ 争議行為による職務の停廃は一時的である。
争議行為は一時的なものであり、いわゆる無期限ストと称される場合でも現実には、永久に続くものではなく、一時的であるから、中郵判決のいう「争議行為によつて、国民生活に重大な障害をもたらす場合とは何か」を考える場合には、特に、一時的な停廃によつてもなお国民生活に重大な障害をもたらすかどうか、を判断しなければならず、したがつて長期にわたる職務の停廃がなければ重大な障害をもたらさない職務については、原則的には制限することを必要としないのであつて、例外的な場合、すなわち長期にわたり、重大な障害をもたらす場合にのみ規制すれば足りることになる。
なお、「一時的」であることとの関連で、争議行為による重大な障害は「ただちに」もたらされるものでなければならないから、将来惹起されるかも知れないことまでも予想して事前に包括的に規制することはできない。
(2) 右(1)の点を総合すると、争議権制限の対象となる職務(したがつてその争議行為)は国民の生存権実現のために、不可欠な日常生活上の利益が、その争議行為によつて直接、かつ、直ちに重大な侵害を受け、国民の受忍の限度をこえる場合に限定されるところ、公労法の適用を受ける職務はいずれも、右の場合に該当しない。
(3) わが国の実定法と争議権の規制
右(1)(2)の見解は、わが国の立法例、すなわち旧労組法(昭和二〇年法律第五一号)三条一項四条の規定から窺われるところの、同法は原則として、公務員を一般私企業の労働者と同様の労働者とし、争議権を有するものとしていた点、旧労調法(昭和二一年法律第二五号)三八条の規定により争議を禁止された公務員は、現行公務員法、公労法と異り警察官吏等のほかは現業以外の行政又は司法の事務に従事する官吏その他の者に限られ、公務員全部ではない点、労調法八条の争議権の制限を受ける公益事業の範囲と業務停廃の程度および同法三六条の規定から窺われる争議行為一般の禁止ではなく、手段を規制しているにすぎない点、スト規制法上の争議行為禁止は電気、石炭両産業のみである点等からも容易に首肯できるところである。
3 争議権「規制」の手段方法
(1) 争議権規制の手段、方法に関する原則
イ ある職務の停廃が、国民生活全体の利益を害するため、争議規制を必要とする場合であつても、それぞれの職務に応じて、争議行為の態様およびその停廃の国民生活におよぼす影響は千差万別であり、規制する必要のある場合もない場合もある。
ロ 右イのように、職務の性質、争議行為の態様により、国民生活におよぼす影響が個別的、具体的に異る以上、争議権の規制を必要最小限度にとどめるためには、これに即応して争議権規制の方法も個別的、具体的になされなければならず、この方法こそ、中郵判決のいう「争議行為の制限は必要最小限度にとどめるべきである」との原則に合致するものであり、争議権の全面、一律禁止の方法は原則的には許されない。
(2) 争議行為の禁止が許されるか
イ 争議行為の禁止は原則として許されない。
右(1)ロのごとく、争議権の規制は必要最小限度にとどめるべきであるとする原則に立つとき、全面禁止は原則として許されないというべきであり、それはある職務の停廃が「国民生活全体の利益を害し……」とされるが故に、その職務の公共性が著しく高度であるとしても、その職務に属する労働者のいかなる態様(方法・程度)の争議行為についても国民生活に重大な支障をきたす、とは考えられないからであり、具体的、個別的に職務の性質に応じて、労調法上のいわゆる予告義務を課するなどの方法をもつて規制しうるのであるから、全国的禁止の方法は必要最小限度の原則に明らかに反するものである。
ロ 例外的に争議行為の禁止が許される場合
争議行為の禁止は、
A その職務が、国民の生命、身体の安全に対する危険に直接かかわりをもつ、公共性の極めて高い場合
B 争議行為がその態様の如何を問わず、おおむね常に、国民生活に重大な障害を及ぼし、重大な危険をもたらす場合
C 個別規制の方法ではまかないきれない場合
に限定され、それには例えば警察、消防、監獄などの治安に従事する職員の業務が該当する。
4 公労法一七条の違憲性(右1ないし3のまとめ)
(1) 公共企業体等職員の職務は、多様であり、その「公共性」の程度の高低、争議行為を規制する必要性の有無はいずれも職務ごとに区々であり、更に規制を必要とする場合でも、制限をもつて足りるのが原則であり、全面的に禁止することは例外的な場合に許されるにすぎないところ、公共企業体等職員につき、そのすべての争議行為を全面、一律に禁止している公労法一七条は違憲であると解すべきである。
(2) 付言する。
イ 都教組判決は、地方公務員法三七条一項について、それを文字どおりにすべての公務員の一切の争議行為を禁止する趣旨と解するとすれば、違憲の疑いを免れないが、右規定を可能な限り憲法の精神にそくし、これと調和するような合理的解釈が可能であり、この見地からすると、右規定の文言にかかわらず、右規定により禁止される争議行為は、国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な支障をもたらすおそれのある争議行為に限られると解されるから、右規定は違憲でないと判示している(この点は公労法一七条についても同様である。)
ロ いわゆる合憲解釈とは、法令について二つの解釈が可能であつて、一方の解釈によれば憲法に適合して有効となり、他方の解釈によれば憲法に違反して無効となるか、憲法上の疑義を引き起すという場合に、前者の解釈すなわち法律が合憲となる解釈を採用することであつて、いかに憲法に調和するように解釈するといつても、本来調和のできないものまでも無理に調和させるというのではなく、調和が合理的に可能なものについて、すなわち、法律の言葉の適当な意味を害しないで、調和のできるものについてでなければならないと解すべきところ、公労法一七条の争議禁止規定は本来、憲法との調和を欠くから、右の意味における合憲解釈の限界をこえておりしたがつて合憲と解することはできない。
(二) 公労法一七条は専売労働者の争議行為には適用されない。
1 専売労働者の職務は争議権制限の対象とならない。
(1) 理論的検討
イ はじめに
専売労働者の職務と国民生活とのかかわりがあるのは、その職務の基幹がたばこ専売にあるから、公社から国に納付される専売益金が国民に対する施策にあてられるという関係、すなわち、争議行為により、たばこの製造およびその販売に減少が生じ、それにより、予定された専売益金に減少をきたし、国が他の財源をもつてまかないきれず、国家予算上、国民に対する施策に支障をもたらす場合である。
ロ 国の財政確保の利益は、争議権制限の理由としての国民生活全体の利益にあたらない。
A 公社制度のもとでは法律的、形式的には公社が専売労働者の使用者としての地位にあるが実質的な使用者は政府であるから、専売労働者の争議によつて財政上の収入に減少を生じたとしても、それは、私人間の争議における使用者の収益減と本質的には変りはなく、使用者が、対抗関係にある労働者の争議行為によつて経済的に重大な打撃を受けた場合、そのことを争議制限の理由としえないことはいうまでもない。
B 右Aの見解については、あるいは政府の財政収入の減少は、ひいては国民生活に対する施策につき支障をもたらすおそれがあるから、私人間の場合と異なり、国民生活上の利益に直結するものであつて、単なる経済的打撃とは異なるとの論がなされる余地があるところ、もともと争議行為にのぞみ使用者は、労働者の要求をいれることによつて争議を解決するのと、争議に突入させても要求をいれないのと、いずれが利益であるかをその計算において選択するのが通例であることにかんがみると、政府が専売労働者の長期かつ大規模な争議行為によつて財政上の減収を生じてもやむをえないものとしてあえて専売労働者の要求をいれず、そのために、収入減を生じてもそれは政府が自らの計算と責任において、国に対する施策について十分実施できると確信し、選択された結果として生じた現象であるから、本来、国民生活に支障を生ずる余地はないし、もし生じたとしても、政府の判断の誤ちの結果であつて、争議行為による結果ではなく、したがつて右仮定論に立つても争議制限は不可能である。
C 財政の確保は、国民生活そのものではなく、国民生活のための手段であり、かような利益は、争議制限の理由とはならない。
ハ 国民生活に対する緊急かつ直接重大の侵害の不存在
A 専売労働者の争議行為は、右ロのように、ただちに国民生活とのかかわりを持たないから、国民に対し、ただちに重大な苦痛をもたらすものではない。
B 専売労働者の争議行為の影響は、直接的には国の財政確保の面についてであり、国民生活の面においては間接の更に間接であり、この間接的影響の存否についてもそれが争議行為によるものであるどうかの因果関係も明確ではない。
ニ 中郵判決の趣旨からみると、争議制限が許容されるのは、争議行為の結果国民生活に対し緊急、かつ直接、重大な侵害が生ずる場合に限られるところ、右イないしハによると専売労働者の争議行為には、かかる結果が生じないものであることが明らかである。
(2) 現実的検討(特に国民生活に重大な障害をもたらすおそれの存否)
イ 参考事項
A 旧労調法下における専売労働者の争議権の解放
旧労調法は「国政の停廃」をもたらすものとして、司法・行政に従事する者および同法八条において、現行公労法の適用される一部の職務につきそれが公益事業であることを理由に、争議行為を禁止したが専売、林野は公益事業とされず、争議権は全面的に解放され、なんらの制約も受けていなかつた。
B 諸外国のたばこ事業の実情
昭和四三年四月当時において、たばこ労働者の争議権は民営国(西ドイツ・イギリス・アメリカ)でも専売制度をとつている国(イタリア・フランス・オーストリア等)でもいずれも保障されており、しかも専売国、非専売国を問わず、方式のちがいはあつてもたばこには全部課税されて国家財政に多かれ少なかれ寄与している。
C 専売職員の争議権に関するILOの見解
a ILOの「結社の自由委員会」の一九六一年の第五四次報告(日本の官公労働者の争議権に関し示されたはじめての見解)は、「公労法一七条および一八条が日本国憲法第二八条に違反し、かつ公共部門の労働者に対して差別待遇を課すもの」であり、「アルコールおよびたばこ専売に雇用される労働者に対して、鉄道、通信および公衆衛生など、不可欠な公共事業に雇用される労働者に対する原理とまつたく同一の原理でストライキ権を否認することは不当である」としている。
b 一九六五年に提出されたILOのいわゆるドライヤー報告(「日本における公共部門に雇用される者に関する結社の自由実情調査委員会」の報告書)は、その二一三九項(a)、二一四〇項において、公有企業のストライキ権の制限に関して「公共の困難を惹起するがゆえに不可欠な事業と、この基準によれば不可欠でない事業とを関係法律上区別することなく、同一の基盤で取り扱われるのは適当でない」とし、さらに殊に「たばこ専売については争議権の絶対禁止は問題である」と指摘している。
D 公社総裁の公式見解と長期経営計画
昭和三九年一二月一七日の第四七国会参議院社会労働委員会において、その当時の阪田泰二公社総裁は、公社の事業の実態からすると、その業務は公益的影響が少ないから、職員の争議行為の制限を、一般の私企業における労働組合と同様に取扱うのが妥当である旨、昭和四一年七月一五日の第五二国会参議院大蔵委員会において、その当時の東海林武雄公社総裁は、公社の企業の本質からみて、公社職員に争議権を認めるのが本来的姿である旨、それぞれ発言し、公社が、昭和四三年一一月策定した「長期経営計画」なかでも「労働基本権についてはその制限排除の方向を今後とも支持」する旨を表明している。
ロ 専売労働者の争議権行使と、国や地方公共団体の財政収入との関係における国民生活に対する影響
A はじめに
専売労働者が行う争議行為のもたらす業務阻害の直接的具体的のものは、主としてたばこ製造工場の作業停止、工場から販売店への配送停止である。
B 公社、販売店の製品在庫
公社は、現実に約一ケ月から四〇日分の製品を常に在庫として保有し、また販売店も常に約一週間分の在庫を有して、その販売活動は公社職員の争議行為の期間中も続けられている。
C たばこによる国、地方公共団体の財政収入の程度
昭和四四年度を例にとると、国の歳入は六兆九、三〇八億五、四〇〇万円であるが、このうち専売納付金は二、五五八億四、四〇〇万円であつて、歳入に占める割合は3.7パーセントにすぎず、また地方財政の歳入が六兆六、三九〇億円であるのに対して、たばこ消費税は二、一九九億三、四〇〇万円で、歳入に占める割合は3.3パーセントである。
ちなみに、間接税収として、たばこと並んで代表的な、他のものをみると、酒税収入は四、五三〇億円、物品税収入は一、八二〇億円、揮発油税は三、三二〇億円となつている。
D 専売業務の民間委託
公社は、現に民間に対し原料倉庫から製造工場への樽詰原料の運搬と、その解包作業、フィルター付たばこ用のフィルターの生産と供給たばこの包か、包装、製造工場から販売店へのたばこの配送などの業務を下請委託しており、若し、争議自由な民間の右の下請関連産業が長期間にわたつてストライキをすれば、専売の業務が一貫した流れ作業であるだけに、公社の業務自体が停止したと同様の結果になるのは明白であるにかかわらず、右のような公社の民間委託は、専売労働者の争議行為が、国や自治体の財政確保になんらの障害をもたらすものでないことの証左である。
E 専売労働者は昭和二三年二月、三日間にわたるストライキを実施し、以来、本件争議に至るまで、各種の争議をくり返したが、かつて全組織が継続して三日以上にわたるストライキを実施したことがなく、また、いずれの争議によつても、国の財政確保に影響を与えたことがなく、公社のたばこ製造についても打撃を加えるまでに至つていない。
F 右AないしEを総合すると、公社職員の争議行為は、国等の財政収入に影響を及ぼすことがなく、したがつて国民生活に対し直接、重大な障害をもたらすおそれは絶無に尽き、強いてたばこ製造に影響がある場合を想定すると、公社労働組合員三万六、〇〇〇人が、一ケ月をこえるいわゆる全面無期限ストライキを実施した場合がこれにあたる可能性はあるが、それは、右Eの実状と、そのような争議は組合の存亡にかかわり、架空の例外事に属するものであり、仮にこれが実施されても、専売納付金年額の一〇パーセントに影響があるに過ぎない。
ハ 喫煙の利益と争議行為
今日、国民の多数が喫煙しており、たばこの供給が停止された場合、喫煙者が多かれ少なかれ迷惑を感じることは否定できないが、それはあくまでも嗜好品としてであり、生存権実現に関するものではないから、喫煙できないという不利益は、生存権実現の唯一の手段である争議権を規制するに足る利益となるものではなく、このように考えないと、たばこに限らず同様の嗜好品である酒、コーヒー、紅茶等の製造についても争議権の規制がおよばざるをえないことになる。
ニ 塩専売労働者の争議行為の影響
塩は公益専売で、財政確保の問題は生ぜず、現に二〇数億円の赤字をかかえており、その事業面においても製造から販売まで殆んど争議制限を受けていない民間業者によつて行われ、公社の職員が担当する業務は許可、指定という面に限られているから、公社職員の業務が一時的に停廃しても全体の業務の運営に支障をきたすものではなく、したがつて国民生活に重大な障害をもたらすことは絶無である。
(3) 右(1)(2)のまとめ
専売労働者の争議行為は、国・地方自治体の財政確保に支障をもたらすものでなく、したがつて、直接、国民生活に重大な障害をおよぼすものではないことが明白である。
2 専売労働者の争議権の行使が「国の財政確保に支障をもたらすおそれ」を生ずる余地があるとしても、それを防止するためには全面一律禁止を必要とせず、規制をもつて足りる。
専売労働者の争議が長期、大規模のもので、たばこ製品の在庫が全部なくなり、専売益金が納付されないことにより、国や自治体の財政に重大な支障が生じ、その結果国民生活に重大な障害をもたらすおそれが現れる場合を仮定的に設定しても、その規制の手段、方法は、必要最小限度で、しかもそれは専売の業務に即して個別、具体的でなければならず、最大限譲歩して、右事態が発生した段階ではじめて、例えば、労調法の定める争議の事前予告、緊急調整の方法などで規制すれば足り、全ての争議行為をあらかじめ全面、一律に禁止することは許されない。
(三) 本件争議行為は公労法一七条の禁止する争議行為にあたらない。
1 本件争議行為の態様
(1) その内容は、右三(一)ないし(三)、右四(一)ないし(三)のとおりである。
(2) 右(1)によると、本件争議行為は、一般製造現場に所属するきわめて少数の労働者がなしたきわめて短時間の、単純不作為であり、それによる生産減はきわめて少量で、滞留した巻上製品はその後三日位で包装を終えている状態であり、山形工場の生産計画に殆んど支障をきたしておらず、また山形工場の全国工場の生産に占める割合から考えてみても、公社全体の年間の生産実績のなかでは、きわめて僅かなパーセントを占めるにすぎない。
2 本件争議行為と公労法一七条との関係
公労法一七条が専売労働者に適用される場合がありうると仮定しても、すでに述べたように、公労法一七条の禁止する専売労働者の争議行為とは長期かつ大規模なものであることにより、現実にたばこの供給に重大な支障をきたし、そのため国の財政確保に重大な支障をもたらすおそれのあるもの、少くとも財政に影響をもたらすような態様のものに解釈上限定されるところ、右1の内容によると、本件争議行為には、そのような「おそれ」の余地が全くないことが明らかであり、したがつて、同争議行為は公労法一七条の禁止する争議行為にあたらないというべきである。
(四) 本件処分は懲戒権の濫用である。
1 本件処分のもたらす不利益
(1) 賃金上の不利益
イ 定期昇給 毎年四月一日の定期昇給期に通常四号の定期昇給が行われるが、戒告処分により、その昇給が一号減じられる。
ロ 昇格 昇格予定日前二年間に懲戒処分のあつた者は、上位群の職種の職務遂行に適性がないものとして昇格を受けられない。
ハ 特別加給 職種により、一定の経験年数を経れば特別加給として一号加えられるが、懲戒処分を受けた場合翌年の四月一日まで一年間繰りのべされる。
ニ 右イないしハの不利益は退職時まで影響があり、また賃金を基礎とする諸手当すべてに影響があるから、これを退職まで累積計算するとぼう大な額の損失となる。
(2) 退職手当上の不利益
退職手当は、賃金を基礎として算出されるが、右(1)のように基礎となる賃金が減ぜられているから退職手当に不利益が生じる。
(3) その他の不利益
イ 共済組合法による退職一時金、退職年金等の長期給付、出産費、配偶者出産費等の短期給付、業務災害が生じた時の災害補償等は、いずれも賃金を基礎として算出されるが、右(1)のように賃金が減ぜられているから、右各給付金に影響がある。
ロ 毎年、勤続二五年以上に達したものは勤続表彰を受けるが、過去一年以内に処分を受けた者は除外される。
2 懲戒権の濫用
仮に本件争議行為が公労法一七条の禁止するものであるとしても、右(三)1のような程度の争議行為に参加したことを理由としてなされた本件処分は、戒告処分が右1のような重大な不利益を伴うものである以上、中郵判決のいう制限違反に対する不利益は必要な限度をこえてはならないとの原則に反し、懲戒権の濫用である。
(五) 争議行為に対して懲戒処分を加えることはできない。
1 懲戒制度の目的と限界
(1) 懲戒制度は、使用者(公社も含めて)がその雇用する労働者に対し、企業秩序維持のためその違反に対して不利益処分を行なうことを目的とし、その保護法益は使用者としての公社の指揮命令権の確保、職場秩序の維持である。
(2) 右(1)の観点に立つてみるに、争議行為は、労働者が団結して集団としてその労務の提供を拒否し、使用者の指揮命令を排除して正常な企業秩序の維持運行を阻害する組織的団体的行為であるところ、争議に入つた場合は懲戒制度が機能する平素の使用者の正常な業務、企業秩序の確立を保障する基礎が失われ、かつ、平常時の個別的労働関係を規律する個別的制裁である懲戒処分は本質的に争議行為に親しまないから、争議行為は、本質的に懲戒処分の対象たる行為ではない。
2 公労法は争議行為に対して懲戒処分を予定していない。
公労法一八条は、同法一七条に違反して争議行為をした者は「解雇」される旨規定しているが、同「解雇」は職員の労働契約上の義務不履行に対してなされる制裁処分としての懲戒ではなく、職員が公労法一七条によつて禁止された行為を行なつたことを理由とする労働契約の解除、すなわち、いわば通常解雇である、と解すべきであるところ、公社就業規則五五条一項五号が「公労法一七条に規定する行為があつたとき」職員はその職を失う旨規定し、同規則六九条の懲戒免職の事由には公労法一七条違反の行為をかかげていないのは、右の見解に立脚しているからにほかならない。
3 公社法では争議行為に対して懲戒処分を加えることはできない。
(1) 公労法一七条の争議行為禁止規定は「国民生活全体の利益」を保護法益とし、公共企業体等の企業秩序維持を目的としたものではなく、一方、公社法による懲戒制度の目的は、右1(1)のように公社の企業秩序の維持にあり、その保護法益は公社の指揮命令権の確保、職場秩序の維持にある。
(2) 右(1)のように、公労法一七条の争議行為禁止の目的と公社法の懲戒制度の目的とが全く異る場合、公労法一七条に違反した争議行為の違法性は公社法上の懲戒制度における違法評価にまでおよばないというべきであり、したがつて公社が、公社法の懲戒制度である同法二四条一項一号、二号によつて原告らに懲戒処分を加えたことは、本来適用できない法律を適用した違法があり、本件処分は無効である。
六、被告の原告らの主張に対する反論と主張
(一) 公労法一七条は憲法に違反しない。
1 はじめに
憲法二八条は労働基本権として団結権、団体行動権、争議権を保障しているが、これらの権利は絶対無制約のものではなく、より高次の権益によつて規制されるのは勿論、その他の権益(例えば使用者または第三者の権益)との関係においても、これと抵触する場合は相互の調整が必要であり、そのために制約を受けることがあり、しかもその間の規制、調整が如何にあるべきかは、相互の権利、利益の性格を考慮して決めなければならず、特にある目的を達するための手段としての権利の場合には、手段としての合理性ないしは存在理由の限度においてのみ法的保障が基礎づけられることになる。
2 労働基本権の性格(特にその限界)
(1) 労働基本権の存在理由による制約
イ 一般に労働基本権は、現行法の理念とくに団体的自治の原理に適合する場合に、その限度において存在理由を認められるところ、団体的自治に関する労働法の原理は、
A 労働者が使用者と対等の立場において自由に交渉することができるよう団結することを認め、これを基礎として自主、自律の立場で交渉し、労働者が自主的に生存を確保することを可能ならしめて、労使関係の民主化をはかる。
B 右Aのようにして行われる交渉によつて、全従業員に共通するよう労働条件を統一的、画一的に決定するなど、労働関係の統一的自律ないし調整をはかる。
C その際、労使の行う闘争的な行動によつて生じる労使、国民、社会一般が蒙る損害を最小限度にとどめるよう、争議発生の防止および争議の早期解決に努力する。
というにある。
ロ 右イの原理によると、争議行為は、労使間の紛争を解決するため、組織的、集団的に労務の提供を拒否したり、労働能力を低下させるなどの方法に訴えて業務の正常な運営を阻害し、その結果、使用者、その他の第三者に損害を与えるとともに、労働者自身も賃金の喪失という損失を蒙り、また労使関係の不安定、組合の分裂の危険をも包蔵するから、労使は、その紛争を能う限り団体交渉(平和手段)によつて解決するよう努力し、争議行為はやむをえない非常手段として行使すべきこと、すなわち、争議権は補充的手段たる権利にすぎず、いかなる場合にも、完全、かつ、絶対的に認めなければならない性質のものではないという結論が生れる。
(2) 公共の権益による労働基本権の制約
イ 「公共の権益」にいう「公共」とは、国と市民社会から成り立ち、国の領域を範囲とし、労働者をもそのうちに包含する国民社会をいい、「公共の権益」とは、労働者をも含めた社会のすべての成長に対し秩序ある調和のとれた態様でその自由と生存を確保し、かつその福祉の増進をはかり、また国によつて国民社会の存立と秩序を維持してその健全な発展をはかるため、労働基本権に優越させるのが妥当と認められる社会的、国家的権益である。
ロ 右イにいう公共の権益は、国が国民社会の秩序、組織とを形成維持し国民の権益を保護して福祉の増進をはかるために、公権にもとづいて、立法、司法、行政を行なうとともに、自らまたは公共企業体に委託して一定の事業を行なうもので、例えば公社の公的機能を完全に発揮することが、その内容をなしており、それは一面においては労働基本権に内在し、これと一致する内容を持ちつつ、他面においてはこれを超越するものであるが、労働基本権を包含する高次の権益であるから、同権利を規制するものである。
(3) 権利相互間の調和による制約
勤労者の権益も、すべての国民の権益と調和的に保障さるべきものであるから、争議権も他の人々の人格権や自由権、財産権等との権益と抵触する限りにおいて何らかの制約を受けざるをえず、また争議行為による一般公衆に対する影響は副次的な結果であるから、それは本質的属性である使用者の権利利益の侵害と異り、争議行為の限度ないしは制約を考えるにあたつて当然しん酌さるべきであり、労働者が争議行為を禁止されることによつて蒙る不利益と、争議行為を認めることにより、国もしくは国民の蒙る損害を考量し、後者が大きいときは争議行為を禁止せざるをえない。
3 争議行為制約の態様
(1) 基本的な考え方
イ 実定法制度の上で争議権を認めるか否か、またどの程度で認めるかということは、労働者の従事する事業および職務の内容、労働者の地位の性格およびこれに関する実定法制度の内容、争議行為を制約する必要性の内容および程度、立法技術上の便宜などの諸般の事情に応じて判断さるべきものであり、争議権を認める態様は必らずしも特定のものに限定されるわけではなく、種々の態様のものがあるから、実定法制度の上で具体的にどう定めるかについては、多分に政策的配慮を要するところであつて、このことは中郵判決の「警察職員、消防職員のごとき極度に公共性の強い業務に従事する者につき、争議の正当性を認める余地のないことは疑いを容れないところであり、憲法二八条といえども右のごとき職員の争議権まで保障しているものとは考えられない。」とする少数意見の述べるとおりであつて、憲法二八条に勤労者の労働基本権を保障するとの文言があるからといつて、法理上、本来争議行為を行うことを許容しえない勤労者の争議権まで保障しているとはとうてい解釈できず、労働基本権は、労働者が自主、自律の立場で交渉し、自らの生存を維持すべきであるという近代法の一つの原理に適合するものであり、それゆえ、その手段として団結し、団体行動を行うことを尊重すべきであるとはいえるけれども、労働者の生存を確保する手段としてはそれが唯一、絶対のものではない。
ロ 労働基本権の内容を法律によつて具体的に規定する場合には、単に労働者の職務の内容や法的地位のみを考察するだけでなく、これに関連する諸制度特にその時点における、社会的、経済的諸条件の具体的認識を基礎とし、権益の適正な配分と調和を図るという目的合理性を考慮に入れ総合的に考察して判断しなければならないが、その内容は、労働者の生存権を保障するという原理(それは憲法二八条の基礎をなすものである)に反しない限り、国会の裁量に委ねられるといわねばならない。
(2) 憲法と争議行為制約の限度
もともと憲法の条項は巾広い解釈を容れる余地のある性質をもち、このことは明文の規定がない場合には特にそうであつて、現に憲法二八条は団結権、団体交渉その他の団体行動権を保障すると規定しているが、勤労者の争議権は法制度の上で尊重さるべきであるとの基本的態度を示しているものの、これを保障するとは表現していないから、その保障内容は立法機関の巾広い政治的裁量に委ねられている。
4 右1ないし3のまとめ
三公社五現業の職員の行う業務は、多かれ少なかれ、また直接と間接との相違はあつても、等しく国民生活全体の利益と密接な関連を有し、その業務の停廃は国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすものであるから、右2、3のような法理にもとづき、その争議行為を禁止するのは正当であり、したがつて公労法一七条は憲法二八条に違反しない。
(二) 公社職員の争議行為禁止は憲法二八条に違反しない。
1 はじめに
公労法一七条は、三公社の職員および五現業の公務員ならびにそれらのものが組織する労働組合が、同盟罷業、怠業その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為を禁止しており、中郵判決は、「五現業および三公社の職員の行う業務は、多かれ少なかれ、また直接と間接との相違はあつても、等しく国民生活全体の利益と密接な関連を有するものであり、その業務の停廃が国民生活全体の利益を害し国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあることは疑いをいれない」と断定し、「公労法一七条一項に違反した者に対して、右のような民事責任を伴う争議行為の禁止をすることは憲法二八条、一八条に違反するものでないことは疑いを入れない」としている。
2 専売事業と公社制度
(1) 公社事業、公社制度、職員の地位等の特色の要約
イ 公社事業の特色
A 専売事業である
B たばこは生活必需品的嗜好品である
C 塩は食料品工業用品として不可欠のものである
D 各種行政権限が与えられている
ロ 公社制度の特色
A 全額政府出資(国民の所有)である
B 公共の管理監督を受けている
ハ 職員の地位の特色
A 職員はすべて公社事業を遂行する責任を有している
B 職員の身分保障がある
C 労働問題について強制仲裁制度が設けられている
D 職員の給与についての制度が設けられている
(2) 右(1)の事項の説明
イ 公社事業の公共性
公社は、国の専売事業の健全にして能率的な実施にあたることを目的として設立され、そのうちたばこ事業については、国の財政需要の充足(昭和四四年度の専売納付金は二、五五八億円)、地域社会への貢献(同年中の地方たばこ消費税は二、一九九億円)、成年男子の約八〇パーセントにあたるたばこ嗜好家にとつて日常不可欠なたばこの供給を確保し、品質が均等で良好なたばこを国民の需要に応じて製造販売し、かつ、葉たばこ耕作者、たばこ小売業者を指導助成することを、塩事業については、国民の日常生活に不可欠で代替性のない生活必需物品であり、化学工業の基礎原料としても不可欠である塩の供給を確保し、その需給調整をはかり、塩生産者、販売業者を指導育成することなどを主内容とするもので、すべて国家的、社会的、国民経済的要求の充足達成にあたるものでその事業は高度の公共性を有するものである。
ロ 公社の行政機能
たばこ専売法および塩専売法は、国に専属する権能およびこれに伴う必要な事項を、各専売法および公社法の定めるところにより、公社に行なわせることを定めており(たばこ専売法三条、塩専売法三条)これにもとづき、専売の実効を確保するために公社に委ねられている行政権限は、たばこ耕作につき、その許可(たばこ専売法八条)、取消(同六八条)、収納(同五条)、たばこ小売人につき、その指定(同三〇条)、取消(同四三条)、塩製造につき、その許可(塩専売法四条)、取消(同一八条)、収納(同五条)、塩販売人につき、その指定(同二四条)、取消(同九条)、国税滞納処分の例による強制徴収(たばこ専売法七〇条、塩専売法四六条)、たばこ専売法または塩専売法違反者に対する取締(たばこ専売法七九条、塩専売法五五条)等であり、これら公社の行う行政行為のうち行政不服審査法の適用を受けるものは少くないが、同法にもとづく不服の申立は、公社総裁の裁決(同法四〇条)をもつて最終決定とし、土地収用法その他政令で定める法令については、政令の定めるところにより、公社を国の行政機関とみなして、これらの法令を準用する(公社法四九条)としている。
なお、公社に対する法令の準用等に関する政令、公社に対する大蔵省令等の準用に関する省令等は、公社を国の行政機関とみなす法令であり、これら法令の定めるところにより、国の行政機関としての公社に全面的ないし部分的に適用される法律は多数にのぼつている。
ハ 出資と所有
公社の資本金は全額国の出資による(公社法四条)ものであり、その増減については大蔵大臣の認可を受け(同四条の二)、出資金を国以外の第三者に求めることは許されていないところ、これらのことは公社の所有者が国であること、したがつて公社の財産は、すべて国民の財産であることを意味し、出資および所有の公共性は私的なものの介在する余地はない。
ニ 公共の管理、監督
A 財務面における公的統制
専売事業の健全かつ能率的な運営をねらいとして、予算の弾力性の賦与、予算の流用・繰越制限の緩和、年度末における特別給与の制度、財務諸表の作成等を特色とする公社会計制度をとつているが、予算の弾力性すなわち事業量の増加等により収入金額が予算額に比して増加するとき、その増加する金額を限度として事業のため直接必要な経費を増額する場合(公社法三四条の四、政府関係機関予算総則(以下予算総則という)五条)、予算で指定する経費(役員給、職員に対する基準内給与、職員に対する基準外給与、補助金および交付金、交際費ならびに施設費)の金額につき、これを流用しまたはこれに予備費を使用する場合(公社法四三条の二、予算総則六条)、予算で指定する経費(役員給、職員給ならびに補助金および交付金)の金額の翌事業年度繰越し使用(公社法四三条の三、一項、予算総則七条)、いわゆる業績賞与または公共企業体等労働委員会の裁定を実施するために必要な金額の給与としての支給(公社法四三条の二二、二項)、公社が金員を借入する場合等(公社法四三条の一四、一項、同条の一七)はいずれも大蔵大臣の承認を公社における専売品の価格の決定および変更(公社法四三条の二三、財政法三条、なお、財政法第三条の特例に関する法律)公社の製造工場およびこれに準ずる重要な財産の譲渡、交換(公社法四三条の一九)はいずれも法律にもとづくかまたは国会の議決を経ねばならず、また公共企業体等労働委員会の裁定については、これが公社の予算上または資金上、不可能な資金の支出を内容とする場合、政府を拘束せず、また国会によつて所定の行為がなされるまでは、公社はこれにもとづいていかなる資金といえども支出することができず(公労法三五条)、更に公社は、予算にもとづいて四半期ごとに資金計画を定め、大蔵大臣および会計検査院に提出しなければならないが、これについて大蔵大臣から国の資金の状況により実施することができないと認められ、その実施することができる限度の通知を受けたときは、これを変更しなければならない(公社法四三条の五、三項)等の制約がある。
なお、公社の決算はすべて会計検査院の検査の対象とされている(会計検査院法二二条)。
B 業務面における公的統制
公社における業務の方法その変更(公社法二八条)、塩の売渡価格(塩専売法二八条)は大蔵大臣の承認、認可を受けなければならず、また公社に対して大蔵大臣が監督権をもち、これにより大蔵大臣は、必要があると認めるときは、公社に業務上の監督命令を発し(公社法四四条)、必要の都度業務報告をさせ、または職員をして事務所に立入り、業務状況帳簿類その他の物件を検査させることができ(公社法四六条)、更に国会には衆参両院にそれぞれ委員会が常置されていて、公社業務の重要事項は必要の都度、大蔵委員会において審議される(衆議院規則九二条五号、参議院規則七四条五号)。
ホ 職員の法的地位
A 役職員の地位
公社の役員および職員は法令により公務に従事するものとみなされる(公社法一八条)。
B 職員の範囲および資格
公社の職員の範囲(公社法一九条)、任免の基準(公社法二〇条)が法定され、公社就業規則も、職員についての一切の区別は行わず、すべて同一の取扱いをしている。
C 身分の保障
降職、免職、休職については、具体的な条文が法律上整備されていて、法定条項に該当しない限り、その意に反して不利益を蒙ることがなく(公社法二二条、二三条)、懲戒についても懲戒事由および懲戒内容が定められている(公社法二四条)。
D 給与の取扱い
職員の給与は、その職務と責任に応ずるものでなければならないこと、生計費ならびに国家公務員および民間事業の従業者の給与その他の事情は考慮して定められなければならない旨、明定されている(公社法二一条)。
E 労働関係
職員の労働関係に関しては、公労法の定めるところによることとされる(公社法二六条)。
F 服務
公社の職員には法令遵守義務(公社法二五条一項)、高度の誠実義務と職務専念義務(公社法二五条二項)秘密保持義務(公社法一七条)が課せられている。
ヘ 団体的自治
A 団体交渉
公労法は、職員に関する団体交渉の対象事項を定め、これに関し労働協約を締結することができる旨規定しているが、公社の管理および運営に関する事項を団体交渉の対象から除外している(公労法八条)。
B 労働協約
公社は、団体交渉の対象事項に関し、職員の組織する労働組合と労働協約を締結することができるが、その場合公社の予算上または資金上不可能な資金の支出を内容とする協約は、政府を拘束するものではなく、政府もまた、国会によつて所定の行為がなされるまでは、前記協約にもとづくいかなる資金の支出もしてはならないとされている。(公労法一六条)。
C 紛争の調整
公社と職員の組織する労働組合との間に発生した紛争については、その解決を当事者の自主的調整だけにまかせておくことなく、公共企業体等労働委員会によるあつせん、調停および仲裁の制度が設けられ(公労法二六、二七、三三条)、とくに強制仲裁が設けられている点は、私企業にはみられない特色である。
D 争議行為
職員および組合は公共企業体等に対して業務の正常な運営を阻害する一切の行為はすることができず、また職員ならびに組合の組合員および役員は、このような禁止された行為を共謀し、そそのかし、もしくはあおつてはならない。また公共企業体等は作業所閉鎖をしてはならない(公労法一七条)。
3 争議禁止の必要性(右2の事項にもとづき)
(1) 公社事業の公共性との関係において
専売事業は右2(2)イロのように高度の公共性独占性を有するから、この公的機能を完全に発揮し、専売事業が正常に運営されることをあくまで確保しなければならず、そのため右2(2)ニホのような各種の制約が加えられているのであつて、その業務の停廃は、公社の公的機能を害し、国家財政上ないし経済政策上重要な支障をきたし、国民生活に重大な障害をもたらすものであるから、公社職員の争議行為を禁止することはこの理由だけでも十分である。
(2) 公社職員の身分保障との関係において
一般私企業にあつては、労働者が使用者との協定によつて自らの生存を確保しなければならないが、公社職員については、国家公務員法の規定とほぼ同様に公務従事性(公社法一八条一項)、身分保障、給与の基準、服務の義務等を法定し、かつ、公労法上公社における労使間の紛争は、終局的には第三者機関の強制仲裁によつて解決される制度を設け、職員の職務専念のための地位の安定を図つているから、職員に争議行為を認めなければ、職員が人たるに値する生活を確保することができないとはいえず、これを認めることは保護に過ぎ、むしろ矛盾であつて、公社の職員につき、争議行為に訴える以外にその生存を確保する道はないという「やむを得ない事情」は存在しない。
(3) 法益の均衡との関係において
公社の営む事業は、その正常な運営がいささかでも阻害されるときは、国、国民経済、社会の公共権益、および需要者、葉たばこ、塩の生産者、小売業者にも損害を与えることになるに対し、公社の職員には、右(2)のように法律による身分保障の外、公社と職員との間の紛争を有効に解決するため調停、仲裁の制度が設けられて、合理的な解決が図られているのであるから、争議行為が禁止されたからといつて、格別の不利益を蒙るものではなく、したがつて、公社職員に争議行為を認めることは他の法益と比し著しくその均衡を失することになる。
4 右1ないし3のまとめ
右2のような公社制度のもつ特質、公社業務の公共性それに右3の公社における業務阻害行為禁止の必要性と中郵判決の趣旨等を総合すると、公社職員の争議行為を禁止することは正当であるから、公労法一七条が公社職員に適用があるとしても、立法にあたつて認められる国会の裁量権の範囲を越え、憲法二八条に違反するとすべき理由はないというべきでる。
(三) 本件争議行為は公労法一七条の禁止する争議行為にあたり、したがつて本件処分は正当である。
1 中郵判決と懲戒処分
中郵判決は、一定の条件のもとに、刑事免責を認めているが、それは、刑罰を科さない限度でこれを放任しているにとどまり、争議行為その他の業務阻害行為は行われるべきではないという趣旨(民事免責を認めず)であることは明らかであつて、公社の職員もしくは組合が争議行為を行い、または行おうとするならば、公社はその公的機能を完全に発揮し、公共的業務の正常な運営を確保するために有効な措置をとらざるをえず、懲戒処分もその一つにほかならない。
2 本件争議行為の違法性
(1) 本件争議行為の性格
本件争議行為が公社の業務の正常な運営を阻害したものであることは明らかであるが、さらに本件争議行為の重点は、組合内部において組合員の団結強化を図り、抗議の意思を決定、表示する点にあり、したがつてそれは実質的に勤務時間内の組合活動である。
(2) 公労法一七条の無視
公労法一七条が職員の争議行為を禁止していることは明文上明らかであり、同条が合憲であるか否かは職員の身分保障、仲裁制度を含め、全労働法体系を総合して判断すべきものであつて、早計にその違憲性を断ずることは許されないところ、法令遵守義務がある原告らが公労法一七条を無視して本件行動に出たことは許されない。
(3) 必要やむをえない事由の不存在
争議行為は、団体交渉という平和的手段を用いてもなお対立が解けない場合に、その解決を図るための必要やむをえない手段として用いられるべきもので、公共性の高度な公社の職員は、平和的解決を図るための努力をなすべき義務が絶対的なものとして要求されるところ、本件争議行為は、民間賃金の動向が的確に把握できる状態になつておらず、公社としても責任ある回答をなしえない交渉の出発点にあり、したがつて団体交渉という平和的手段の余地が十分残されている段階で、公社に対し何らの通告なくして行われたもので、具体的にも、必要やむをえない事情のもとに行われたとはいえず、その意味で違法性が強い。
(4) スケジュール闘争
本件争議行為はいわゆるスケジュール闘争であつて、必要やむを得ない事由の存否にかかわらず、既定のスケジュールにしたがつてなされたものであつて違法性が強い。
(5) スト権奪還闘争
原告らおよび組合は公労法を空洞化させるため、スト権奪還闘争として本件争議行為を行つたもので、公労法一七条を無視するにとどまらず同条項を含む現行法秩序に対して挑戦するという積極面をもつもので、その違法性が強い。
3 右12のまとめ
右12によると、本件争議行為は、公労法一七条に違反する違法のものであり、したがつてこれにもとづいてなされた本件処分は、いずれも有効である。
(四) 公労法一七条に違反する争議行為をした職員に対しては公社法に定められた懲戒をなしうる。
1 争議行為に対する就業規則の適用―個別的労働関係と団体的労働関係
一般に争議行為は、労働組合の意思に従い、その統制のもとに組織的に個々の労働者が労働契約によつて給付すべき労務の不提供ないし不完全履行(労働の中断)の形で行われるところ、その争議行為が労働法の原理に従つて行われる限りにおいて正当なものと評価され、違法性が阻却され個々の労働者はその責任を追求されないのに対し、争議行為が全体として違法な場合には、その争議行為は違法性を阻却されず、それを組成する組合員の行為もまた、違法であるとの評価を免れないか、もしくは違法性阻却事由を欠き、当然には民事、刑事の双方または一方の免責を受けられないことになり、個別的労働関係(使用者と、個々の労働者との間になり立つ基本的労働関係)における責任が追求されることになる。
2 争議行為に対する懲戒の可否
公社法は、職員の労働関係に関しては公労法の定めるところによる旨を規定し(公社法二六条)、公労法一八条が同法一七条違反者は解雇される旨を規定していることから、公労法一七条違反の争議行為を行つた者に対しては同法一八条の解雇だけが許され、公社法の懲戒制度の適用はないとの解釈があるところ、解雇を認めた公労法一八条は違法な争議行為を行つた者に対し、経営秩序をみだし、あるいは業務命令に違反するなどの従業員としての不適格性を理由にこれを経営から排除しうることを規定したものであつて、契約法上もしくは組織法上労働者にとつて最も不利益な解雇を認めた同法一八条が、その程度にまでいたらない不利益を職員に与えることを禁止するものとは考えられないから、公労法一七条に違反した職員に対し公社法に定める懲戒をなしうることは明らかである。
第三、証拠<省略>
理由
第一、請求原因(原告らの身分関係および本件処分の存在)について
その(一)(二)の事実は当事者間に争いがない。
第二、抗弁(本件処分の処分理由等)について
その(一)ないし(四)の事実は、そのうち(三)1の失われた作業量は、後に取り返すことができないとの点、および同2の損害の点を除き、その余は、すべて当事者間に争いがない。
第三、本件処分の適否
一、公労法一七条一項は、憲法二八条に違反するか
(一) 労働基本権の本質とその制約
1 労働基本権
(1) 憲法二八条は、いわゆる労働基本権すなわち勤労者の団結する権利および団体交渉その他の団体行動をする権利を保障しているが、その趣旨とするところは、憲法二五条に定めるいわゆる生存権の保障を基本理念とし、憲法二七条により勤労の権利および条件を保障しながら、経済的劣位に立つ勤労者に対し、実質的な自由と平等を獲得するための手段を与え、もつて人たるに値する生存を確保することにあり、したがつて右団体行動の一つである争議行為は、正当な限界をこえない限り、憲法の保障する権利の行使であるから、刑罰(労組法一条二項)、民事損害賠償(同法八条)、解雇(同法七条)等の対象から除外されることになる。
(2) 右(1)の労働基本権の保障は、単に私企業の労働者についてのみではなく公労法の適用を受ける公共企業体等職員、国家公務員、地方公務員すべてに適用されるべきものである。
2 制約(その基準も含む)
(1) 右1(1)のごとき、労働基本権を保障した憲法の趣旨にそくして考察すると、同権利は、同権利と、他の人権との相互調整あるいは、国民生活全体の利益の保護との調和という観点から、必然的に、その制約性を内包し、したがつて絶対無制約のものではないと解すべきである。
(2) 右(1)にいう制約は単に実定法上の争議禁止規定の存在、あるいは公共企業体等職員に関していえば、その職務と私企業の労働者の職務の一般的比較にもとづいた、抽象的な公共性強弱の度合の判定等、表面的、形式的理由をもつて決すべきではなく、労働基本権保障の理念をふまえ、諸般の事情を総合し、慎重に検討し、決定しなければならないところ、中郵判決が説示した次の四つの原則がその決定についての重要な基準となるものと解する。
イ 労働基本権の制限が許される場合
労働基本権の制限は、勤労者の提供する職務または業務の性質が公共性の強いものであり、したがつてその職務または業務の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものについて、これを避けるために必要やむをえない場合について考慮されるべきである。
ロ 労働基本権制限の程度
労働基本権の制限は、労働基本権を尊重確保する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量して、両者が適正な均衡を保つことを目途として決定すべきであるが、労働基本権が勤労者の生存権に直結しそれを保障するための重要な手段であることを考慮すると、その制限は、合理性の認められる必要最小限度のものにとどめなければならない。
ハ 労働基本権の制約違反に課せられる不利益
労働基本権の制限違反に伴う法律効果、すなわち、違反者に対して課せられる不利益については、必要な限度をこえないように、十分な配慮がなされなければならない。
ニ 労働基本権制約の代償措置
職務または業務の性質上からして、労働基本権を制限することがやむをえない場合には、これに見合う代償措置が講ぜられなければならない。
(3) 右(2)の基準適用上特に考慮すべき事項
イ 個別的、具体的検討
一般的にいえば、公共企業体等職員の職務および業務は公務員のそれまでいかないとしても、私企業における労働者のそれとくらべ、少くとも国民生活との面において、それとのかかわりがより大きいことは顕著な事実であるから、その職務および業務の性質、内容によつては、私企業の労働者より大きな制約を受けることがありうることは否定できないが、公共企業体等職員とはいえ、その職務および業務の性質、内容はきわめて多種多様であり、公共性の面から見て、それが職務および業務に固有のきわめて強いものから、私企業のそれとほとんど変るところのないきわめて弱いものに至るまで、その程度は多岐にわたり、かつ、争議行為も、種類、態様が、それぞれ異り、更に争議行為による職務および業務の停廃の国民生活に及ぼす影響も千差万別であるから、右(2)の基準を適用するにあたつては、全般的に、可能な限り具体的、個別的検討が必要である。
ロ 国民生活全体の利益との関連性
労働基本権保障の本質は、右1(1)のとおりであり、中郵判決は、これと国民生活全体の利益との調整調和の原則を示したものと解されるところ、先ず、この国民生活全体の利益は、労働基本権と正当に対置されうるか、若くはこれに近いもの、すなわち一般国民が日常社会生活を営むうえで欠くことができないか、あるいはこれに準ずる内容のものを指し、単に社会生活上なんらかの不便を強いられるに過ぎない程度の場合は、争議行為は、使用者に対してはもとより、仮に副次的にせよ、第三者たる一般国民に対して、多かれ少なかれなんらかの影響な及ぼす性質を有し、それのみをもつて直ちに争議行為に制約を加えることは不可能である、とする法理により、労働基本権制約の理由となしえないと解すべきであり、つぎに、国民生活全体の利益に対する障害の存在とそのおそれの程度は、一般的抽象的なものでなく、重大な障害が現に発生したか、若くは、その蓋然性が強い場合でなければならないものと解する。
3 右2の制約に関する基準等は、次項の、公労法一七条一項の規定が、憲法二八条に違反するか否かの判断基準となり、この基準に合致しない争議行為禁止の規定は、そく、憲法違反につながるものとみてよいであろう。
(二) 公労法一七条一項と憲法二八条
1 公労法一七条一項の文理解釈とその効果
(1) 公労法一七条一項は「職員及び組合は、公共企業体等に対して同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。又職員並びに組合の組合員及び役員は、このような禁止された行為を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。」と規定しているところ、これをそのままその法文どおりに解釈すれば、同条項は、具体的事情等一切を顧慮することなく、同法二条一項に規定するいわゆる三公社五現業のすべての職員の、あらゆる争議行為を一律、全面的に禁止しているものと解される。
(2) 右(1)の解釈にもとづきこれを右(一)2(殊にその(2)の)の基準と照合する。
イ 公共企業体等職員のうち、その事業、若くは個々の企業体内部の職種により、公共性の強弱の度合および争議行為による職務または業務の停廃が国民生活に重大な障害をおよぼすおそれがあるか否かの点(右(一)2(3)イの事項)をまつたく考慮せず、争議行為の禁止規定を三公社五現業のすべての事業および職種に一律に適用することになるが、これは、右(一)2(2)イ(3)イの基準に適合しない。
ロ その争議権制限の程度は、一律全面的、かつ無制限的禁止という最大限の制約方法を採用していることになるが、これは、右(一)2(2)ロの基準に適合しない。
(3) 右(1)(2)のまとめ
右(1)の解釈によると、公労法一七条一項の規定は勤労者に労働基本権を保障した、右(一)1(1)の、憲法の趣旨に反するものとして、同規定は憲法二八条との関係において、違憲の謗りを免れないであろう。
2 公労法一七条一項の合理的限定解釈
(1) 法律の規定は、その文理にのみ拘泥して直ちに違憲と断定することは相当ではなく、これに合理的な解釈を施すことによつて、憲法の精神にそうように限定して解釈することができるならば、可能な限り、このような解釈を採用して法律を合憲とすべきであると考える。
(2) 右(1)の見解は、公労法一七条一項についてもあてはまるもので、憲法二八条の精神に従うと同条項についての合理的解釈は、次のとおりであり、このように解釈することにより、同条項は、右1のごとき文理解釈によるその効果と異り、合憲性を保持するものと解する。
イ 右条項により禁止される争議行為の範囲
右条項は、事業もしくは職種の性質(職務の公共性)と、争議行為の種類、規模態様により、公共性の強い職務に停廃を生じ国民生活に重大な障害をもたらすおそれのある争議行為に限り、これを禁止する趣旨である。
ロ 右条項の適用を受ける事業もしくは職種の範囲
争議権の制約の程度は必要最少限度のものでなければならないことは、右(一)2(2)ロのとおりであり、本条項の採用する全面的、かつ無条件禁止という制約の対象となるのは、その事業もしくは職種と、国民生活とのかかわりが常に緊密かつ直接的であるために、通常の規模、態様の争議行為によつても、一般的、直ちに「国民生活に重大な障害をもたらすおそれ」を惹起する蓋然性を有し、立法技術上の困難も伴い、個別的、具体的規制ではその目的を達することが困難である事業もしくは職種に限つて適用される趣旨である。
(3) 付言する。
右(1)(2)のごとき解釈に対し、それは余りにも、右1の文理解釈とかけはなれ、法律解釈として、その限界を逸脱し、立法作用と同一の機能をもつことになること、憲法の保障する労働基本権を制限することは、きわめて重大なことがらであるから、本来法文上その制限基準を明確にしなければならないところ、単に国民生活に対する重大な影響性とか、必要最少限の禁止という一般条項による制限は、不明確基準であり、それはもはや、合理的解釈とは言い難いこと、等をあげ、右合理的解釈につき疑問をもつ見解があり、これが傾聴すべきものであることは否定しないが、本件は後記二のごとく少くとも、公社職員については、公労法一七条が適用されないとの立場をとるから、右見解につき、あえて論及しない。
二、公労法一七条一項は、公社職員に適用されるか
(一) はじめに、
1 公社職員も、憲法二八条にいう勤労者であり、したがつて、労働基本権は原則として公社職員に保障されていることは右一、(一)1(2)のとおりである。
2 公社職員の労働基本権の制約は、右一、(一)2と同一の基準に従うものと解すべきであるから、右基準にいう国民生活全体の利益その他を理由に、右制約が可能か否か等につき検討するため、具体的に考察する。
(二) 公社の事業
1 公社の設立
公社は、日本専売公社法にもとづき、昭和二四年六月一日に設立された公法上の法人であり、たばこ専売法、塩専売法等にもとづき、国の専売事業の健全にして能率的な実施にあたることを目的とし、その事業は、たばこ専売事業と塩専売事業に大別される。
2 専売権
たばこ専売法および塩専売法は、それぞれ国に専属する専売権について規定をしているところ、たばこ専売法によるとたばこ種子の輸入、葉たばこの一手買取、輸入および売渡、製造たばこの製造、輸入および販売、ならびに製造たばこ用紙の一手買取、輸入および販売の権能(同法二条)を、塩専売法によると、塩の一手買取、輸入、再製、加工および販売の権能(同法二条)を、それぞれ専売の内容としている。
3 たばこ専売事業
右2の専売制度の本来の趣旨は、政府が、国家の公共目的のために、ある特定の事業を独占的に実施することによつて確実な利益をあげ、財政収入を確保することにあり、たばこ専売事業は、主として右目的をもつて明治三七年、いわゆる財政専売事業として発足し、現在に至つているが、右のような専売方式と民営による間接税徴収方式とは、いずれも一長一短があるものとして、かねてから数次にわたり専売制度調査会等においていずれをとるかについて検討されている。
4 塩専売事業
塩専売事業は、右のたばこ専売事業と同様の財政専売の側面と塩の需給と価格の安定といういわゆる公益専売の側面とを担つて明治三八年に発足したが、大正七、八年ごろ、右の財政収入確保の目的は放棄され、今日では専ら公益専売をその目的としている。
5 公社の業務
公社はその事業目的を達成するため、次の業務を行うものとされる(公社法二七条)。
(1) 葉たばこ、製造たばこ用巻紙および塩を買い入れること
(2) 製造たばこおよび塩を製造すること
(3) 製造たばこ、製造たばこ用巻紙および塩を販売すること
(4) 葉たばこ、製造たばこ用巻紙および塩の生産者の指導および助成に関すること
(5) 製造たばこ、製造たばこ用巻紙および塩の販売者の指導および助成に関すること
(6) 葉たばこ、製造たばこ、製造たばこ用巻紙および塩の輸出および輸入を行うこと
(7) その他、たばこ専売法、塩専売法、製造施設法、塩業組合法、たばこ耕作組合法および塩業の整備および近代化の促進に関する臨時措置法に定められた事項の実施に関すること
(8) 右の業務に付帯する業務
(三) 公社事業の公共性の問題
1 はじめに
右(二)5の公社業務が公共性と関連をもつのは被告の主張も含め、主として次の事項である。
(1) たばこ専売事業について
イ 右(二)3の国および地方公共団体の財政収入の確保
ロ 右(二)5(3)等のたばこ嗜好家に対するたばこの供給の確保
ハ 右(二)5(4)(5)の葉たばこ耕作者、たばこ小売業者の指導助成
(2) 塩専売事業について
イ 塩の供給およびその需給調整の確保
ロ 塩生産者、塩販売業者の指導助成
(3) 以下、右(1)(2)の点について順次検討する
2 たばこ嗜好家に対するたばこの供給の確保(右1(1)ロ)
(1) <証拠>によれば、昭和四四年度、四五年度における成人男子の八〇パーセント弱、成人女子の一五パーント前後の人がなんらかの意味でたばこ喫煙等、その愛好者であることが認められ、これに反する証拠はなく、これによると、たばこは大衆的かつ、入手容易な嗜好品として相当広範囲の国民にとつて、たばこの円滑な供給は大きな関心事であり、若し公社の主としてたばこ製造業務が停滞し、たばこの円滑な供給に支障をきたした場合、右たばこ愛好者が喫煙行為を奪われることもありうる(喫煙の利益ともいいうるか)ことは否定できない。
(2) 労働基本権の制約基準適用上の考慮事項である国民生活全体の利益は、右一、(一)2(3)ロのごとく国民が社会生活を営むうえで欠くことのできない程度のものであることが必要であるところ、たばこは、右(1)のごとく、コーヒー等とならび、いわゆる嗜好品に過ぎず、社会生活上欠くことのできない物品ではないから、たばこの供給停止は、喫煙との関係において国民生活に重大な支障をもたらすものでなく、したがつて喫煙の利益の喪失は争議行為禁止の理由にはならない。
3 葉たばこ耕作者、たばこ小売業者、塩生産者および塩販売業者の指導助成(右1(1)ハ(2)ロ)
右は、いずれも公社事業の目的である財政収入確保および塩の需給の円滑を達成するための手段であつて、その一つ一つが独立して公社事業の目的をなすものではなく、右公社の事業目的と切り離せば、他の民間諸産業の指導助成の問題と特に異るところはないから、これらの点を独立に国民生活全体の利益の問題として検討の対象とする必要はない。
4 財政収入の確保(右1(1)イ)および塩の円滑な需給を確保(右1(2)イ)
(1) 財政収入の確保――たばこ専売事業について
イ はじめに、
たばこ事業は、右(二)3のごとく、いわゆる財政専売事業であつて、公社は公社法にもとづき毎年純益金から内部留保額を控除した金額を、翌年度五月三一日までに専売納付金として国庫に(同法四三条の一三)、地方税法にもとづき毎月販売額を基礎に所定の方法で算出した金額を、たばこ消費税として地方公共団体に(同法七四条以下四六四条以下)、それぞれ納付し、その納付金はいずれも国および地方公共団体の歳入として、国民に対する施策にあてられる。
ロ 専売納付金およびたばこ消費税
<証拠>によれば、専売納付金の国家財政(一般会計歳入)に占める割合は、昭和三六年度以降についてみると、昭和三六年度の6.5パーセントを上限として漸減しており、昭和四四年度は、一般会計歳入六兆九、三〇八億円に対し専売納付金二、五五八億円で3.7パーセントであること、たばこ消費税の地方財政に占める割合は、昭和三六年度以降についてみると、おおむね2.5パーセント前後であり、昭和四四年度においては、地方歳入六兆六、三九七億円に対したばこ消費税二、一九九億円で、約3.3パーセントであることが認められこれに反する証拠はない。
ハ たばこ製品の在庫
<証拠>によると、公社は、昭和二六、二七年ころを除き、一貫して年度当初の予定収益を数パーセント上まわる実績を上げていること、公社はたばこ製品在庫として、常に約一ケ月分以上、すなわち昭和四三年末は、フィルターたばこ三七日分、両切りたばこ三七日分、昭和四四年末はフィルターたばこ四一日分、両切りたばこ六四日分をそれぞれ保有したこと、また昭和四五年度の製造計画は、同年度末において三〇〇億本以上の銘柄は三〇日分、二〇〇億本以上の銘柄は三五日分、二〇〇億本以下の銘柄は四〇日分の在庫を保有すべく策定しており、更に各小売店は、平均して数日間分の製品在庫を保有していることが認められ、これに反する証拠はない。
ニ 専売事業労働者の争議行為の実情
<証拠>によると次の事実が認められこれに反する証拠はない。
A 公社発足および公労法施行後
昭和四〇年から四五年までの六年間についてみると、昭和四四年における年三回の時限スト(①四月一七日賃上げ要求、拠点=山形、福岡、②一一月一三日佐藤首相訪米抗議・新長期経営計画および合理化反対、拠点=業平、高松、③一一月二一日合理化反対、塩専売制度廃止反対、拠点=盛岡、金沢、品川、府中)を最高に、いずれも年一ないし三回の時限ストライキが拠点を限つて行われており、右の他多い年で年数回勤務時間に食い込む職場大会等が実施されており、昭和二四年の公社発足後昭和三九年までの間は、右を多少下まわる程度である。
B 公社発足および公労法施行前
この期間、後記のように専売事業労働者(身分は公務員)につき争議権は全面的に解放されていたが、昭和二三年二月に、全国煙草労働組合が三日間のストライキを実施しているにとどまる。
(2) 塩の円滑な需給の確保――塩専売事業について
イ はじめに
塩専売事業は、右(二)4のとおりいわゆる公益専売であり、塩は、国民の日常生活の必需品であり、また化学工業の基礎原料としても大量に使用され、いずれも非代替性の高い物質であつて、その供給の確保(生存必需物資である食料用塩の一定量の国内自給の確保を含む)と需給の調整は国民生活に緊密なかかわりを有している。
ロ 塩の需給および公社の業務等
<証拠>によれば次の事実が認められこれに反する証拠はない。
A 塩の需要(昭和四四年度)
一般用塩 145.0万トン
(構成比二一パーセント)
ソーダ工業用塩 537.1万トン
(同七九パーセント)
B 塩の供給(昭和四四年度)
国内生産 102.9万トン
(構成比一五パーセント)
輸入 589.1万トン
(同八五パーセント)
C 塩の在庫(昭和四四年度末)
四七万トン
D 公社の業務
塩専売事業に携わる公社職員は全国で約一、二〇〇名程度であり、主な業務は公社法、塩専売法によると、塩製造の許可、輸入の委託、販売および販売人の指定、価格の決定、輸出等であるところ、このうち、塩専売法によれば、塩製造の許可は一応無期限に、塩の販売人の指定は三年以内の期間を定めてなされ、期間満了にあたつても申請を要しないで引続き指定することができる等、継続的取扱いがなされ、さらに、ソーダ工業用塩については、昭和三一年にいわゆる自己輸入制度が再開されている。
E 塩業審議会の答申
昭和四六年一月塩業審議会は、塩専売における公社の機能について、塩産業の近代化が達成され、自立化産業に脱皮した段階では、現行塩専売制度による規制の必要性はきわめて薄くなるので、それに至る過程においても、漸時公社機能の調整をはかり、公社の組織機構についてもこれに対応して簡素化することが必要であるとの趣旨の答申をしている。
(3) 右(1)(2)のまとめ
イ たばこ専売事業に関して
A 現代社会においては、財政規模の拡大、国家機能の増大等により、国および地方公共団体の財政を通じて実現される諸施策は国民生活にとりきわめて大きな比重を占め、国民の生存権保障に直接かかわりをもつ分野にまでおよんでいることはいうをまたず、右(二)3のたばこ専売事業における、財政の収入確保の目的も、右の点に寄与するものであり、現実的にも、その収入は、右(1)ロでみたように、国および地方公共団体の歳入に相当大きな割合を占めているから、公社職員の争議行為により、たばこの製造、販売に影響が生じ、専売益金等の納付額が減少し、それにより右財政収入の確保に重大な支障をきたすような場合には、右争議行為は、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるものとして、これを制約することは憲法二八条の禁ずるところではないと解すべきである。
B 右Aの国民生活に重大な障害をもたらすのは財政収入にどの程度の減少が生じた場合であるかが問題となるが、財政収入減少の効果は、たとえば運輸・交通事業・電信電話事業のようにその事業の停廃それ自体が直接かつただちに国民生活に支障をおよぼすのとは異り、事業の停廃により間接的に派生するものであること、財政収入の確保は、財源の多様性に伴つてきわめて代替性(たとえば予備費制度、補正予算制度、国・公債制度等国および地方公共団体の財政の弾力的運営制度の存在等)に富んだものであること等を考慮すると、結局、国民生活に重大な障害をもたらす場合とは、国および地方公共団体の財政収入が大規模に減少し、それにより、国および地方公共団体の予算編成上、もしくは、現実的財政の運営に大きな支障をもたらすことを指し、これを専売益金等との関連においてみると、同益金等納付額が、右(1)ロの納付金等の国等の歳入に占める割合を考慮し、年間、少くともその一〇パーセント以上減少した場合等が、問題となるものと解するのが相当である。
C 右Bのような事態が生ずるのは、右(1)ハの、たばこ製品の在庫数等を考慮し公社のたばこ事業が、全面的に、しかも、少くとも一か月を大幅に上まわるような、きわめて長期間にわたつて停止した場合が想定されるところ、右(1)ニのような専売労働者の争議行為の実情に加えて、一般に争議行為にもとづく、賃金カットによる労働者の経済的不利益、職場からの離脱による精神的負担、分裂による組合の存立問題の発生、争議行為に対する国民的監視・批判、さらに高度に独占化の進行した部門を含めて民間諸産業における労働者の争議権行使の実情等を総合すると、公社職員については、右のような全面的、長期間にわたる、いわゆる大規模な争議行為は、観念上の想定は可能であるとしても、現実的には、まつたくありえないか、もしくはきわめて異常な事態下における極限された事例として生起するにとどまるものと認めるのが相当である。
ロ 塩専売業務に関して
A 公社の業務は、右(2)にみたように、いずれも塩の生産、輸入から消費に至る過程の塩生産業者、歳入商社、加工・精製・包装業者・輸送・保管業者・塩元売人・塩小売人によつて担われる塩の流通過程における、その監督もしくは調整的機能の分担(なお、この機能は縮小の方向にある)であるところ、この機能は、塩の需給の調整につき欠くことのできないものではあるが、その監督的、調整的機能の性質および右にみた公社業務の運営の実情に徴すると、公社職員の争議行為により公社の業務が相当長期、かつ大規模な停廃を生じ、塩の需給に大きな混乱をもたらすに至つた場合にはじめて国民生活に重大な障害が生ずるものとして、これを制約することは、憲法二八条の禁ずるところではないと解すべきである。
B 右Aのような事態が生ずるのは、右イBと同一程度の争議行為が行われることにより、民間諸部門の業者によつて担われる塩の生産、輸入、流通過程に対する監督的、調整的機能を失し、その結果右過程に重大な混乱をもたらすような場合に限られるところ、その程度に至る争議行為の可能性については、右イCのとおりである。
(四) 公社職員の争議権制約の制度的検討
1 公社職員の争議権制約の制度の推移
(1) いわゆる政令二〇一号施行以前
イ 現行公労法下の公社職員は、公社発足前は大蔵省専売局に所属する公務員であつた。
ロ 旧労組法
昭和二〇年一二月に制定された旧労組法は、はじめて公務員の労働者性を法的に承認したもので、同法四条は、警察官吏、消防職員および監獄に勤務する者について団結権を否定したが、その他の国家公務員、地方公務員についてはいわゆる労働三権を解放した(なお、同条二項は、団体交渉権および争議権については、命令をもつて禁止、制限等別段の定めをすることができるとしていたが、実際にはこの格別の定めはなされることなくして終つた。)。
ハ 旧労調法
昭和二一年九月に制定された旧労調法は、その三八条において「警察官吏消防職員、監獄に勤務する者」に加えて「その他国又は公共団体の現業以外の行政又は司法の事務に従事する官吏その他の者」については争議行為をなすことができない旨規定したが、当時の行政解釈である「労働関係調整法解釈例規第一号」(昭和二二年五月一五日労発二六三号労政局長より都道府県知事宛)によると、大蔵省専売局職員は右にいう「現業以外の行政又は司法に従事する官吏その他の者」に含まれないと解され、さらに同法八条は、現行労調法八条と同様の規定で公益事業の範囲を定め、同法三七条で右公益事業について一定の争議制限を規定していたが、専売事業は公益事業とはされず、したがつて、専売事業労働者には、全面的に争議権が解放されていた。
(2) 政令二〇一号
昭和二三年七月二二日、マッカーサー元帥から芦田首相にあて、公務員法の全面改正、公共企業体制度の採用、公務員、公共企業体職員の労働基本権に関する書簡(いわゆるマッカーサー書簡)が発せられ、同年七月三一日いわゆる政令二〇一号)「七月二二日付連合国軍最高司令官の書簡に基く臨時措置に関する政令」)が制定施行され、同令は現業、非現業の区別なく、すべての公務員の争議行為を全面的に禁止し、専売事業労働者の争議権は、これによつて初めて制約を受けるに至つた。
(3) 公共企業体労働関係法
右マッカーサー書簡の趣旨に従い、それまで国の事業であつた専売事業は昭和二三年一二月二〇日制定の日本専売公社法により独立の公共企業体である日本専売公社に移行し、右同日、日本専売公社と日本国有鉄道との二つの公共企業体の労働関係を規制する公共企業体労働関係法が制定され政令二〇一号の争議行為全面禁止の規定は、同法一七条にとりこまれて現在に至つている。
なお、公共企業体職員に対する右争議禁止の規定については、講和を控えて占領下立法の再検討がなされた過程において、労働省労政局案および政府の設置した労働関係法令審議会の公益委員案において、争議禁止の全面撤廃が主張されている。
2 公社職員の争議権についてのI、L、O見解と諸外国のたばこ事業における争議権
(1) 公社職員の争議権についてのI、L、O見解
<証拠>によれば、次の事実が認められこれに反する証拠はない。
ILOに設置された「日本における公共部門に雇用される者に関する結社の自由実情調査調停委員会」の報告書(いわゆるドライヤー報告、一九六五年)はその二一三九項(a)で、
「すべての公有企業が、公共の困難を惹起するがゆえに真に不可欠な事業と、この基準によれば不可欠でない事業とを、関係法律上区別することなく、ストライキ権の制限に関して同一の基盤で取り扱われることは適当でない。」
と、また、その二一四〇項で、
「ストライキは、公共企業体、国有事業および地方公営企業においては絶対に禁止されている。現在、日本の法令においては、その活動の中断が社会に対し現実の困難を課する事業と、このような中断がより小さい程度に公共の利益に影響をおよぼす企業(例えば煙草専売)との間になんらの区別も設けていない。このような区別を認めることによつてのみ、政府、総評間に現存する見解の基本的な相違に橋渡しをする方向への前進が遂げられる。本委員会は、適当な境界線が設けられることを勧告する。」
との見解を示している。
(2) 諸外国のたばこ事業と争議権
<証拠>によると次の事実が認められこれに反する証拠はない。
イ たばこにつき専売制度をとる主要国は、イタリア、オーストリア、フランスであり、その制度の概略は次のとおりである。
A 専売の内容 三ケ国とも耕作、製造、販売を内容とする。
B 経営体 イタリア=大蔵省専売局。オーストリア=オーストリアたばこ株式会社。フランス=たばこマッチ産業経営公社。
C 資本金 イタリア=国そのもの。オーストリアおよびフランス=全額政府出資。
D 利益処分 イタリア=利益は国に属する。オーストリアおよびフランス=利益に対し法人税が課せられる。
E たばこ収入が国家財政収入に占める割合(一九六八年度)
イタリア=六〜七パーセント。フランス=三パーセント。
F 争議権 三ケ国とも保障されている。
ロ たばこ非専売制度(民営)をとる主要国は、西ドイツ、イギリス、アメリカ、スエーデン等である。
右民営国では、いずれも当然、争議権が保障されている。
3 公社総裁の見解表明等について
(1) <証拠>によると次の事実が認められこれに反する証拠はない。
イ 昭和三九年一二月一七日の第四七国会参議院社会労働委員会において、その当時の阪田泰二公社総裁は、専売事業の実態からいえば、公社業務は公益的影響は非常に少ないから、公社職員の労働関係については一般私企業における労働組合と同様に取り扱うのが妥当である旨、昭和四一年七月一五日の第五二国会衆議院大蔵委員会において、その当時の東海林武雄公社総裁は公社の企業の本質からみて、公社職員に争議権を認めるのが本来的姿である旨、それぞれ述べている。
ロ 公社は、昭和四三年一一月公社制度、専売制度下のたばこ事業の経営の近代化、合理化等に関する「長期経営計画」を策定したが、その「労使関係の近代化」の項で、「長期経営計画の実現を通じて公社の主体性と責任体制の確立をはかるとともに、労働基本権についてはその制限排除の方向を今後とも支持し、かつ、これが成熟する条件の形成に努め、労使関係の近代化をはかる。」と述べている。
(五) 公労法一七条一項は公社職員に適用されるか
1 公労法一七条一項についての合理的限定解釈は右一、(二)のとおりでありその解釈に該当する争議行為のみが、同条による禁止の対象となるところ公社職員の争議権の制約が許される場合および許される制約の限度は、右(三)で検討したとおりであり、これを右一の合理的解釈との関連において要約すると、結局、公社職員の争議行為は、それが全面的かつきわめて長期にわたるという例外的事態にたち至つたことにより、国民生活に重大な障害をもたらすおそれが生じた場合、はじめてその制約が考慮されることになる。
2 公社の事業もしくは、その職員の業務は、国その他の地方公共団体の財政確保等の面を通じ、間接的に国民生活との結びつきが生ずるものであるから、通常の規模、態様の争議行為によつては、一般的に、直ちに、国民生活に重大な障害をもたらすおそれ(右一、(二)2(2)ロの合理的限定解釈)がなく、かつ公社職員について、本来、右1のごとき事態を招来するに足る規模、性質の争議行為が生起する現実的可能性については右(三)4(3)イロのとおりである。
3 右2によると、いわゆる三公社五現業のうち公社の事業は、憲法二八条の趣旨にそくして限定的に解釈される公労法一七条一項が適用されない事業であると認めるのが相当である。
4 若干の付言
(1) 公社職員の争議権の制約の制度について
イ 労働基本権の制約の程度は、中郵判決のいうように合理性の認められる必要最小限度のものにとどめられなければならず、これに従うと、その制約の方法も当該事業もしくは職務の性質、争議行為の態様、規模等により、国民生活におよぼす影響が個別的、具体的に異ることに対応し、可能な限り、個別的、具体的であることが要請され、更に、争議権そのものの否定を意味する争議行為の禁止という方法は禁止以外の他の手段方法による制約によつては、国民生活に重大な障害をもたらすおそれを避けることができない場合に限り許容され、禁止以外の、より制限的でない他の方法(届出もしくは予告にかからしめ、あるいは争議行為の時期、手段、方法に制限を加えるなど)が残されている場合には、許容されるものではない。
ロ 右イの趣旨にそう現行実定法としては労調法があり、同法は、いわゆる公益事業に関して争議制限を定めているが、それは、争議行為の一〇日前の予告(三七条)と緊急調整制度(三五条の二三五条の三、三五条の四、三八条)すなわち、一定の条件のもとに内閣総理大臣が緊急調整の決定をした場合、中央労働委員会は他の事件に優先して、紛争の解決に最大限の努力を尽くすほか、右決定の公表の日から五〇日間争議行為が禁止される制度とがその中核となつているところ、右緊急調整の制度は、単に事業の公益性を理由に一律、かつ全面禁止の方法に訴えることなく、争議制限を「当該争議行為による国民経済および国民生活への著しい侵害の現実の危険」の存否にかからしめることにより争議権の制約を個別的、具体的なものにするとともに、争議禁止の期間を定めることによつて、その制約が必要な限度をこえないよう配慮しているものと解される。
ハ 公社事業が公共性を有するものであることは否定できず、それと国民生活とのかかわりおよびその停廃が国民生活におよぼす影響の度合やその可能性についてはすでに検討したとおりであり、これを前提として公社職員の争議権に対する制約の制度方法を考慮するとすれば、右ロの労調法上の緊急調整の制度が参考となると解される。
(2) 被告主張の、公社事業の公共性以外の公社職員に対する争議権制約の根拠
イ 被告は、公社職員の争議権制約の根拠として、次の点を指摘する。
A 公社が一定範囲の行政権能を有すること
B 公社の資本金が全額国の出資によること
C 公社がその財務面および業務面において公的統制を受けること
D 公社職員が一定の身分の保障を受けていること
E 公労法による紛争調整制度が存在すること
ロ 労働基本権の制約の根拠は、既にみたとおり、原則的にはその内在的制約原理たる国民生活全体の利益との調和との関連以外にこれを求めうるものではないところ、右イAないしEの事実が、公社職員の争議権制約と全く無関係であるとは断定しないが少くとも右イAないしCは、財政収入の確保および塩の需給の調整という公社の事業目的の達成をより合理的かつ円滑ならしめるための政策的選択の方法であり、また同DEは、争議権の制約が可能である場合に、その制約に見合う代償措置として十分であるか否かの検討の対象となる問題であるにとどまり、いずれも、それ自体、争議権制約の根拠とはなし難いものというべきである。
三、本件処分の違法性
(一) 右二のとおり、公社職員に対しては公労法一七条一項は適用されないからこの点において原告らの本件争議行為は公社法二四条一項に該当しないしまた、右第二認定の本件争議行為に至る経過および本件争議行為の目的、態様によれば本件争議行為は、労組法一条一項の目的を達成するためのもので、正当性の限界をこえるものでないから、憲法二八条の保障する争議権の行使にほかならず、したがつて、それは公社就業規則六八条一号に該当せず、この点においても公社法二四条一項に該当しない。
(二) 右(一)によると、原告らの本件争議行為が、公労法一七条一項、公社法二四条一項、公社就業規則六八条一号に該当するとしてなされた本件処分は、その前提を欠くことに帰するから、いずれも無効であるといわねばならない。
第四、本件訴の適否について
一、<証拠>によると、原告らは、本件懲戒処分を受けた結果、被告公社と全専売労働組合との間の賃金に関する労働協約一九条にもとづき昇給を減額され、同一三条にもとづき昇格を延伸されるなどの不利益を受け、この不利益の効果は、以後原告らが公社職員たる地位にある間は原則として継続されることが認められ、これに反する証拠はない。
二、原告らは、本件懲戒処分の無効を理由として、本件懲戒処分が有効として扱われる結果蒙る給与面での不利益につき、その都度、当該昇給減額、昇格延伸等がなかつたならば受けたであろう給与差額の支払を求めて給付訴訟を提起することは可能であるが、多面的な権利関係を包含する継続的法律関係としての労働契約の特殊性を考慮すると、原告らと被告との間に存在する法律関係(被告が本件懲戒処分を有効なものと扱つてはならないという)を確認する趣旨で、端的に本件懲戒処分の無効を確認するのが最も有効適切な方法であり、同時にこれは当事者間の権利関係の安定性の確保と訴訟経済の要請にも合致するものと考えられる。
三、よつて、本件懲戒処分の無効確認を求める本件訴は適法であるというべきである。
第五、結語
よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(伊藤俊光 広岡保 二宮征治)